「あの人の問題、本当はここにあるのに」——大切な人の悩みを聞いていて、原因が見えてしまった。でも、それを口にできない。
そんなもどかしさを抱えたことはありませんか。今日は、わたし自身が迷子になった「伝える」ことのお話です。
見えているのに、言えない
久しぶりに、知人の悩みに深く関わって、迷走状態に陥りました。
事の本質がわかっているのに、言えないのです。
「これだよ」と教えるだけなら簡単です。
けれど、相手の今の状況に、それを受け止めるだけの余裕があるか。心の強さはあるか。推し量れば推し量るほど、言えなくなっていきます。
自分の問題ではなく、相手の問題なのに——気づけば、すっかり入り込んでいました。
それでも、話を聞いてしまった以上、放っておけないのがわたしの性分です。
表面に見えていることは「サイン」にすぎない
表に見えている出来事は、たいてい「サイン」です。その奥に、原因——事の本質があります。
ここを捉え違えたまま言葉にすると、相手を傷つけるだけで終わってしまう。
伝えるって、大切なことだからこそ、こんなにも考え込んでしまうのですね。
「いつまで悲劇のヒロインでいるの!」
そんなとき思い出すのは、わたし自身がどうしようもなく落ち込んでいた頃のことです。
当時お世話になっていたカウンセラーの方の言葉に、衝撃を受けました。
「いつまで悲劇のヒロインでいるの!」
このボロボロのわたしに、なんで今——。
自分は悪くないと思っていたわたしに、続いた言葉は。
「全部自分だよ」
嫌な自分を、言葉にして出す
すぐには理解できませんでした。なんで? なんで? と。
けれど、言われたことを深く掘り下げていったとき、「こんな嫌な自分がいた」という気づきがやってきたのです。
見て見ぬふりをして、心の隅に追いやっていた自分。それが心の中で重荷になり、身体は「外に出して」とサインを送り続けていました。
だから、言葉にして出しました。「こんな自分がいました」と。
そして、出して終わりではありません。最後は、自分の心に受け入れる。
過去の自分も、今の自分も、どんな自分も、まるっとすべて。これが自己受容です。
強い言葉の奥にあった、思い
あの「いつまで悲劇のヒロインでいるの!」がなかったら、今のわたしはいなかったと思います。
あの方は、ご自分のためではなく、わたしのことを思って言ってくださった。それだけは、はっきり伝わってきました。
強い言葉でしたが、その思いに応えようとしたとき、わたしの心はすこし強くなれた気がします。わたしの軌道修正のポイントは、そこにありました。
あなただからできることを、ひとつずつ
だから今、迷っています。相手のことを思って、言うべきか、否か。
答えはまだ出ません。ただ、悩みを聞くことに意味があり、相手がわたしを必要としているのなら、わたしだからできることをすればいい。
ひとつひとつ、丁寧に。シンプルに。最善を尽くそうと思います。
お守りとしての、エレスチャル
「骸骨水晶」とも呼ばれるエレスチャルは、長い年月をかけて複雑な形に育った水晶です。
古くから、不要なものを手放し、本来の自分に気づくための歩みに寄り添う石とされてきました。
抱え込んだものや、見ないふりをしてきた自分と向き合うとき、お守りとして手元に置いてみてください。
まとめ——伝える勇気も、受け取る勇気も
あなたのまわりにも、あなただからできることを待っている人がいるかもしれません。
伝えるか、見守るか。正解はひとつではありませんし、今日選べなくても、道が閉ざされるわけではありません。
生きているかぎり、伝え直す機会も、関係を結び直す道も、いくらでも開けています。
まずは、相手が何を求めているのか、心の耳を澄ませることから始めてみませんか。