頑張っているのに、なかなか抜け出せない。
そんなとき、心がじわじわと腐りそうになる感覚を、味わったことはありませんか。

今日は「弱音は吐いていい。でも腐らない」という、心の置きどころのお話です。

人それぞれ、今いる場所はちがう

お店でたくさんの方のお話を聞いていると、つくづく感じることがあります。

長い戦いがやっと終わった人。終わったと思ったら、まだ終わっていなかった人。
心の中身を改めて整理している人。明るい希望が見えてきた人。

今いる場所は、人それぞれ、本当にちがいます。
だから、誰かと比べて焦る必要はないのです。見るべきは、自分の目標と課題だけです。

「楽しめなくなった」は、変わり目のサイン

あんなに楽しかったことが、なぜか楽しめなくなった。
そんな感覚があるなら、それはひとつの区切りが来ているサインかもしれません。

そこに気づかず「今まで通りがいい」としがみつくと、苦しくなります。
どこかでパッと手を離せるくらい、身軽でいること。

ちなみにわたしは、テレビをほとんどつけなくなりました。自分に要らなくなったものは、自然と離れていくものですね。

弱音は吐いていい。でも、腐らない

ここが今日の本題です。

弱音は、吐いていいのです。ためこむ方がよほど心に毒です。
ただし、腐ってはダメ。 腐ってしまうと、立ち直るのにずっと時間がかかります。

あわせて、気をつけたいことがふたつあります。

  • - 慰めの言葉は「心の栄養」として受け取るだけにする。真に受けて、現実から目をそらさない
  • - 「抜け出せた・抜け出せない」という小さな結果に、心をとらわれない。忘れたころに、抜け出しているものだから

心の芯になるのは、大きな目標

では、何が心を折れにくくするのか。

それは、あなたの心の芯をつかむ、大きな目標に向かって生きることです。
そこがぶれなければ、心は強く、しなやかになり、目の前のことに真っすぐ一生懸命になれます。

逆に言えば、余計な小さなことばかり考えてしまうのは、目の前のことに一生懸命になれていないときなのです。

大切なのは、毎日の小さな積み重ね。
ひとつ何かをやってのけたからといって、大きく変わるものではありません。与えられたものに丁寧に向き合い、いい加減にしない。それが最初の一歩です。

頭と行動は、別もの

「頭ではわかっているのに、動けない」とよく言います。それもそのはず、頭と行動は別々なのです。

行動を左右しているのは、あなた自身の心。
心が身体を動かし、行動に変えています。だからこそ、心の置きどころから整えることに意味があります。

自分に奢らず、偉ぶらず、優しく、強く、たくましく。
自然は自分の外にあって、わたしたちはその中の一部。そう思える謙虚さが、まわりから応援される人をつくっていくのだと思います。

まとめ——忘れたころに、抜け出している

弱音は吐いていい。でも腐らない。
慰めは栄養として受け取り、小さな結果に一喜一憂せず、大きな目標に向かって今日の分だけ積み重ねる。

それを続けていれば、「あれ、いつの間にか抜けていたな」という日が来ます。
道はひとつではありません。今いる場所がどこであっても、ここから進める道は、いくらでもあります。