言い過ぎる。聴き過ぎる。逆に、黙りに徹する。

「やり過ぎる」と、心のバランスは崩れます。
そして、我慢する・傲慢になる・自慢する——「慢」が心に満ちてくると、ちょっと大変なことになるのです。

「どうせわかってもらえない」の悪循環

言いたいことも言わずに我慢して、「どうせわかってもらえないから」と自己完結する。

この心持ちのままでは、良い関係を築くのは難しくなります。
自己完結した心はどんどん疲れて、閉じていく。自分を認めていないから、他人を認めることもできない。悪循環です。

心に鍵がかかると、自分のためにも誰かのためにも、力が使えなくなってしまうのです。

ランチの注文が教えてくれたこと

店のスタッフが、こんな体験を話してくれました。

友人とのランチで、「これにする!」と友人が決めると、「そうね、私もそれ!」。
ところがいざ注文の場面で「お先にどうぞ」と促され、先に注文すると、友人は別のものを頼んだのです。そんなことが2度もあって——もしかして?

あとから振り返ると、そこにあったのは「依存」でした。
人と同じがいい、ですらなく、「なんでもいい」というくらい、自分の選択に無責任になっていた。友人の行動は、「その依存はだめだよ」という無言のメッセージだったのかもしれません。

依存とは、自分に軸がないということでもあります。
他人ばかり見て、自分を見ずにいると、「自分に責任を持つ」「軸を考える」ための出来事が、形を変えてやってくるものなのです。

「慢」の心に足りないもの

なんで気づいてくれないの、という上から目線の「傲慢」。
どうせわかってもらえない、の「我慢」。
自分から働きかけない諦めの「怠慢」。
認めてほしい欲求がふくらんだ「自慢」。

面白いことに、「慢」という字には、りっしんべん——「心」が入っています。
そして「温かさ」「潤い」「満たす」に共通するのは、さんずい。水の部首です。

「慢」でいっぱいの心は、冷えて、砂漠のようにカラカラ。
心を本当に満たすのは「慢」ではなく、温かさと潤いなのです。

まとめ——「し過ぎてる」と感じたら、いったんストップ

あなたにとって、あなたが描く幸せはなんですか。

どうなりたいか。何が幸せか。どうしたいのか。
迷っても不安になっても、「なりたい」の軸に立ち返って、心の向きをそのつど直していけばいいのです。

譲れることと、譲れないことが、あっていい。
やり過ぎに気づいて、いったん手を止めて、また自分の軸から歩き出す。その繰り返しの先に、道は何本でも続いています。