「お母さんなんだから」「奥さんなんだから」。

誰に言われたわけでもないのに、その声が頭の中で鳴り続けて、自分のことはいつも後回し——。店頭でも、そんな思いを抱えた方によくお会いします。今日は、店のスタッフのひとりの経験をお借りして、このお話をさせてください。

「役割」を果たそうとするほど、自分が消えていく

そのスタッフには、「母親になる」という長年の夢がありました。

夢が叶ったとき、彼女は空回りするほどがんばったと言います。母親ならこうあるべき、妻ならこうするべき。夢だったぶん理想は高く、現実とのすき間に戸惑いながら、「役割」を果たすことで頭がいっぱいになっていきました。

「母という役割」と「妻という役割」。このふたつを最優先にすると、自分というひとりの人間が、どうしても後回しになります。

心より先に、身体が教えてくれた

肩の力を抜いて。適当でいいんだよ。

まわりの言葉の意味は、頭ではわかっていたそうです。それでもやめられない日々が続き、やがて心より先に、身体に反応が出ました。

ふり返って彼女が言うのは、「自分との向き合い方がわからなかったというより、わかっていないことに気づいていなかった」ということ。手を差し伸べてくれる人はたくさんいたのに、それにも気づけなかったそうです。

「助けて」が言えない、ということ

彼女は、「助けて」が言えませんでした。

大変な出来事を口では話していても、いちばんの核心には触れない。店頭でお話をうかがっていても、同じ方はとても多いと感じます。

「こうあるべき」で自分を縛り、そこからはみ出すと、自分で自分を責めてしまう。助けてと言って誰かを頼れるなら、まだいいのです。本当につらいのは、助けが要る状況だと本人が気づいていないときです。

行ったり来たりで、いい

彼女が楽になったきっかけは、立派な解決策ではありませんでした。日々の出来事の中で、「そういう自分なんだな」とひとつずつ受け入れていったこと。これも自己受容のひとつです。

わかってきたと思ったら、また元に戻る。その繰り返しでいいのです。

行ったり来たりしながらでも、半歩ずつ前に進んでいれば、あるとき「あれ、前と違う」と気づく日が来ます。

役割の前に、ひとりのあなた

母である前に、妻である前に、あなたはひとりの人間です。

役割を脱ぎ捨てる必要はありません。ただ、一日のどこかで数分だけ、自分自身に手をかける時間を持ってください。好きなお茶をていねいに入れる、それだけでも十分です。

役割は人生の一部であって、すべてではありません。役割の外側にも、あなたの道は何本でも続いています。ひとりで抱えきれない日は、どうか誰かに「助けて」と言ってみてくださいね。