「こんなはずじゃなかった」と思う出来事は、人生に何度もやってきます。
わたしにとってそのひとつが、赤ちゃんを望んだときでした。妊娠なんて自然にできるもの。子どもの頃はそう思っていたのに、わたしの前にあった道は、すこし違っていたのです。
思い描いた道と、実際の道
わたしのように、欲しいと思っても妊娠しづらい。そういった事情を抱える方は、いまとても増えています。社会の変化や、生き方の多様化とも関係しているのかもしれません。
わたしは、自分が子どもを望んだとき、こう感じました。
「私の人生で赤ちゃんを望むために、通らないといけない道がこれなんだ」
そして、それを素直に受け入れました。受け入れてしまえば、あとは「その上で何ができるか」を考えるだけです。
振り返ると、その根底にはいつも「知りたい」という気持ちがありました。自分の身体で体感して、赤ちゃんがどうやってやってくるのかを、知りたかったのだと思います。
赤ちゃんを迎える日
受精卵を子宮に戻す日のことは、いまでもよく覚えています。
自分の足で歩いて施術台へ。お小水を溜めたほうが角度的に入りやすいと言われ、我慢、我慢。「では始めます」と先生の声がして、しばらくすると、別の部屋からどなたかが入ってきました。
「エリさんの卵ちゃんを、お持ちしました!」
え?!と驚くわたし。培養士さんが、小さな命の候補を、まるで迎えの式のように連れてきてくださったのです。
「卵が入るところ、見ますか?」と先生。見ます!と即答して、そこからは凝視です。こんな経験、二度とないですから。
長い管を通って、コロコロコロ……ピトッ。
卵ちゃんが、入りました。施術はあっという間。「このピトッで、大丈夫?」と思うくらい、静かな始まりでした。
ぽこぽこと、その子の力
帰り道、不思議な感覚がありました。お腹の中で、サイダーが弾けるように、ぽこぽこ、ぽこぽこ。
細胞分裂って、感じるものだったかな? と自分でも首をかしげながら、そのぽこぽこのお腹と一緒に電車に揺られ、赤ちゃんがお腹の中で育っていく過程の動画を観ました。これから何が起きるのか、知りたかったからです。
5日ほど育ててから凍らせた卵なので、子宮に潜る(着床する)までは2日ほどかかるそうです。そして、着床できるかどうかは、その子自身の力でもあると教わりました。
親にできるのは、整えて、待つこと。あとはその子を信じること。何が起こるかわからないからこそ、安静にして、静かに様子を見守る日が続きました。
まとめ:受け入れた道が、自分の道になる
思い描いていた道と違う道を歩くことは、負けでも、遠回りでもありません。
「これがわたしの通る道なんだ」と受け入れた瞬間から、その道は他の誰のものでもない、自分の道になります。そして道の上には、その日のわたしの「ぽこぽこ」のような、思いがけない発見が待っていたりするのです。
いまあなたの前にある道が、望んだ形と違っていても。その上でできることは、きっと残されています。あなたのペースで、一歩ずつ。
この記事は、2021年3月の旧彩石屋コラム(店主の連載の一篇)を、単体で読めるかたちに書き直したものです。