手術、転職、引っ越し。人生には「自分で決めるしかない」場面が、ときどき訪れます。
決める前は不安で眠れないのに、いざ決めたとたん、ふしぎと心が静かになる。そんな経験はありませんか。

今日は、わたし自身が人生で初めての手術を受けたときのお話をさせてください。

自分で決めていたから、いつもより落ち着いていた

数年前、赤ちゃんを迎える準備として、子宮筋腫(子宮にできる良性のこぶ)の手術を受けることを決めました。

検査では、思っていたよりたくさんの筋腫が見つかりました。心臓の検査にも引っかかり、手術の前から、心配ごとは山積みでした。

入院の日、夫は出張で不在。ひとりで病院へ向かい、手続きもひとりで済ませました。
心細くなかったと言えば嘘になります。それでも、いつもより肚が据わっていたのです。

人に決めてもらったことではなく、自分で決めたことだったから。
決断の重さは、そのまま覚悟の深さになるのだと、このとき知りました。

それでも、ひとりでは無理でした

入院の前日、不安なわたしのもとへ、看護師をしている友人が駆けつけてくれました。

優しい言葉で気持ちをほぐしてくれて、足りなかったものを買ってきてくれて。
手術が予定より長引いたときも、終わるまでずっと待っていてくれました。

「自分で決める」ことと、「ひとりで抱える」ことは、別ものです。
決めるのは自分。でも、支えてもらうのは、何人いてもいい。あの日の友人の顔を、わたしは今も忘れられません。

身体は、暮らしを正直に映す

術前の検査では、思わぬ発見もありました。

輸血に備えて自分の血を採っておく検査で、血がなかなか出ず、一度やり直しになったのです。
ふだん水分をあまり取らない暮らしが、そのまま結果に表れていました。

身体は、日々の積み重ねを正直に映す鏡なのですね。
わたしはこのとき、「これからは意識して水を飲もう」と決めました。先に気づけて良かったと、今では思っています。

思い切ったタイミングは、あとからわかる

手術は長引き、目が覚めたあとは震えと息苦しさで、長い長い夜になりました。
それでも「迎えたい未来」がはっきりしていたから、待つことができました。

そして退院の頃、世の中では感染症が広がり始め、病院は面会さえできなくなりました。
あと少し決断が遅かったら、わたしはもっと心細い入院をしていたはずです。

思い切ったタイミングが正しかったかどうかは、たいてい、あとからわかるもの。
だからこそ「いつかやろう」より「決められる今」を大事にしたいのです。

決めた日から、道は動き出す

大きな決断は、怖いものです。けれど、決めた瞬間から、見える景色は少しずつ変わり始めます。

もし今、あなたが何かを決めかねているなら、思い出してください。
決めるのはあなたひとりでも、その道を歩くあなたを支える手は、ちゃんとあります。

そして、たとえどちらを選んでも、生きているかぎり道は途切れません。
決めた先で、また選び直すことだってできるのですから。