家族のため、仕事のため、誰かのため。
気がつけば、自分のことだけがいつも後回し——そんな日々を送っていませんか。
今日は、わたし自身が「自分のために生きる」と決めた日のお話をさせてください。きっかけは、ずっと見て見ぬふりをしていた、自分の体でした。
見て見ぬふりをしていた、自分の体
実はわたしは、自分の体に気になることがあると薄々気づきながら、長いあいだ目をそらしていました。
今は仕事を離れるわけにはいかない。動けない。そう自分に言い訳をして。
けれどあるとき、「赤ちゃんがうちに来てくれる」という予感のようなものをふと感じて、もう放っておくわけにはいかなくなりました。
子宮の病気で祖母を亡くしていることもあり、意を決して自分のお腹に触れてみると——「なんか、ある」。
見て見ぬふりをしてきた自分への申し訳なさと、これからはちゃんと向き合うからね、という気持ち。
覚悟が決まった瞬間でした。
わからないことは、その道のプロに聞く
病院での診察の結果は、「筋腫だろう」とのことでした。
このときのわたしは、落ち込むよりも興味津々。「悪性じゃないって、どうして分かるんですか?」「このままでも赤ちゃんは望めますか?」と、先生がたじろぐほど根掘り葉掘り聞きました。
どんなことも、ひとりで調べて不安をふくらませるより、その道のプロや体験した人に直接聞く。
聞いたうえで、取り入れるかどうか、どう構えるかを自分で決める。これはわたしが大切にしている、心を守る方法のひとつです。
怖さは、正体が分かると「対処できる課題」に変わります。
画用紙に書いた「自分のために生きる」
体と向き合うのと同じ頃、わたしには画用紙に書き出していた言葉がありました。
「自分のために生きる」
それまでのわたしは、家族のため、お店のため、誰かのために動くことが生き甲斐で、自分のために何かをした記憶がほとんどありませんでした。
自分のために生きる人生ってなんだろう。何をすればわたしは嬉しいんだろう。考えたことすら、なかったのです。
思い返せば、小さい頃のいちばん最初の夢は「お母さんになること」。
その夢はいつのまにか、大人になって背負った大きな役割の陰に隠れてしまっていました。赤ちゃんの予感は、忘れていたその夢を思い出させてくれたのです。
決めると、物事は動き出す
「自分のために生きる」と決めたわたしの、最初の答えは「引っ越そう」でした。
それまでは夫の仕事に合わせて住まいを選び、往復2時間の通勤で、自分の時間はほとんどなし。その暮らしを、やめることにしたのです。
不思議なもので、大きなことを動かす割に、物事はするすると進みました。
住みたい部屋には驚くような偶然で出会い、家族の状況も、まるで後押しするように整っていきました。
偶然といえば、偶然です。でもわたしは、こう思っています。
自分のために生きると本気で決めたとき、人は自分の人生の舵を握り直すのだと。
まとめ——後回しにしてきた「わたし」へ
あなたにも、見て見ぬふりをしていることはありませんか。
体のこと、心のこと、本当はやりたかったこと。
向き合うのは怖いものです。でも、向き合った先にしか開かない扉があります。
誰かのために生きてきた優しいあなたこそ、今日ほんの少しだけ、自分のために時間を使ってあげてください。人生の風向きはそこから変わり始めますし、道はいつだって、無限にあるのですから。