「このままでいいのかな」「どっちへ進めばいいんだろう」——年の瀬が見えてくる頃になると、ふとそんな迷いが顔を出すことはありませんか。
今日は、迷う日のお守りになるような、ふたつの「導き手」のお話です。
酉の市で、熊手に出会う
11月の酉の日には、商売繁盛などを願う「酉の市」というお祭りが各地で開かれます。彩石屋でも、毎年お参りして熊手を選ぶのが恒例です。
まずはお参りして、一年のお礼を伝える。それから、縁起物がたくさんついた熊手選び。
多種多様で目移りするのですが、不思議なもので、最後は「これ!」と、おさまるところにおさまるのです。
その年の熊手の真ん中には、鳥居がそびえ立ち、そのそばに八咫烏(やたがらす)がとまっていました。
鳥居——くぐって、心を切り替える形
鳥居は、神聖な場所への入り口として古くから伝えられてきた形です。
くぐることで心身を清め、日常から気持ちを切り替える——そんな意味があるとされてきました。神社で鳥居の前に立つと、自然と背筋が伸びるのは、この切り替えの感覚なのかもしれません。
八咫烏——道に迷った人を導く鳥
八咫烏は、サッカー日本代表のエンブレムでも知られる、神話に登場する三本足の烏。
道に迷った人を、進むべき道へ導いてくれる「神の使い」と言われてきました。
鳥居も八咫烏も、いわば「導き手」です。「あなたの進む道はこっちだよ」と、そっと背中に手を添えてくれる存在。その年の熊手は、まるでその役割を示すかのように、店へやってきてくれた気がしました。
導き手は、歩き出した人を導く
ここで、ひとつ思い出してほしいことがあります。
鳥居は、くぐる人がいてはじめて入り口になります。八咫烏も、歩き出した人がいてはじめて道を示せます。
つまり導きとは、最初の一歩を踏み出した人のところにやってくるものなのです。
人生は選択の連続であり、挑戦の連続です。いいときもあれば、悪いときもあります。それでも「これでいいのだ」と、起きたことをまるごと受け止めて進む先には、ちゃんと道が続いています。
迷いごと、進んでいい
迷っているということは、進みたい気持ちがあるということ。それ自体が、もう半歩めです。
完璧な答えが見つかってから動くのではなく、迷いを抱えたまま、小さな一歩から。歩き出せば景色が変わり、景色が変われば、次の道が見えてきます。
生きているかぎり、道はひとつではありません。どこからでも、何度でも、歩き直せます。
あなたの一歩が、あなたの道のはじまりになりますように。