次のステージへ軽やかに進んでいく人と、足踏みしてしまう自分。
その差は、才能でも運でもないとしたら——何だと思いますか。
お店でたくさんの方とお話ししてきて、ひとつの答えにたどり着きました。
前に進む人は、自分に正直です。好きなものにも、自分の失敗にも。
「丸い形があまり好きじゃないの」と言えた人
店頭での、忘れられない出会いがあります。
お子様の受験がようやく終わり、一緒に戦ってきたお母様がほっとひと息ついた頃。
そのお客様は、新しくカフェを始めることを決めていらっしゃいました。
石をご覧になったとき、開口一番こうおっしゃったのです。
「丸い形が、あまり好きじゃないの」
そして、ピンク色のバイカラートルマリンを迷いなく選ばれました。
好きと嫌いがはっきりしている人は、選ぶのが早い。
それは、わがままなのではありません。自分の心の声を、ふだんから聞いてあげているということです。
だから人生の節目でも、迷いなく次の一歩を選べるのです。
ちなみにピンクトルマリンは、新しい段階へ踏み出す人のお守りとされてきた石。
あの方の門出に、よく似合っていました。
失敗にも、同じ正直さを
ここからが、今日いちばんお伝えしたいことです。
好きなものに正直であることと対になるのが、自分の失敗に正直であること。
やってしまったことを、「やってしまったな」と自分で認める力です。
人は、やらかしたときほど自分を守りたくなります。
傷つかないように、見なかったことにする。誰かのせいに、状況のせいにする。
でも、そうやって自分を守った出来事は、芯をつかめないまま残ります。
だから、同じことを繰り返してしまうのです。
「言われて傷ついた」だけが残るとき
誰かに指摘されて深く傷つくとき、心の中で起きていることがあります。
自分で先に認めていれば、「そうなのよね」と受け取れたはずの言葉。
それを認めていないと、「あのとき言われて傷ついた」という記憶だけが残り、肝心の出来事の中身は流れていってしまいます。
繰り返しが終わるのは、本当に分かったとき。
「参った」と、自分で認めたときです。
出来事の芯をつかめて、人は初めて次に進めます。
進んでいる「つもり」になっていないか。
ときどき、自分にそっと聞いてあげてください。
まとめ——好きにも、失敗にも、嘘をつかない
「丸い形が好きじゃないの」と言えること。
「やってしまったな」と認められること。
向きは逆に見えて、どちらも同じ「自分への正直さ」です。
それは自分を責めることではなく、自分の現在地を知って、次の足場にすること。
正直に認めた場所が、いつでも再出発の地点になります。
そこから先の道なら、何度でも、どの方向へでも選び直せるのですから。