「その石は、どんな意味があるんですか?」
天然石を身につけていると、そんなふうに聞かれることがあります。うまく答えられなくて、なんとなく申し訳ない気持ちになったことはありませんか。
今日は、店を始めたばかりの頃から長く通ってくださる、あるお客様の言葉をお借りして、「意味」とのつき合い方を考えてみます。
「えー、癒されてるだけ」という名答
そのお客様に石との出会いを尋ねると、「特に何かあったわけじゃなくて。きっと水晶が好きだったんでしょうね」と笑います。
たくさん着けていると、まわりから「何の意味があるの?」と聞かれるそうです。その方の答えはいつも決まっています。
「えー、癒されてるだけ〜」
買って、はめて、ついニヤニヤしてしまう。それだけで、もう十分なのです。意味や理由を立派に語れなくても、石を好きでいていいのだと、この答えにはっとさせられます。
心がすり減った時期を、支えていたもの
その方が一番足しげく通ってくださったのは、PTAの役員を引き受けて、心がすり減っていた時期だったそうです。
店に来て、他愛もないことをたっぷり喋って帰る。気になっていた石を眺めて、ピンと来たひとつを連れて帰る。
「買って帰ると、よし頑張ろう!って思えたんですよね」
石が何かをしてくれたというより、好きなものに触れられて、安心して話せる場所がある。そのこと自体が、心の支えになっていたのだと思います。
頑張っている人ほど、弱音の置き場所がありません。喋って帰るだけの場所を持つことは、立派なセルフケアです。
最初のひと粒は、ずっと思い出になる
あるとき、ゆっくりお話を伺う機会があり、その方は一番最初に買ったブレスレットを持ってきてくださいました。
今お持ちのものよりずっと小さな石。それでも「やっぱりこれが一番印象深い」と、大切そうに見せてくださいました。
石の値打ちは、大きさや派手さでは決まりません。あの頃の自分と一緒にいてくれた、という時間の積み重ねが、石を特別なものに育てていきます。
まとめ——「好き」は、自分軸の入り口
意味や理由で選ばなくていい。「なんだか好き」という感覚は、誰の借り物でもない、あなた自身の心の声です。
小さな「好き」をひとつずつ拾っていくことは、自分軸を育てる練習にもなります。
心がすり減る時期は、誰の人生にも巡ってきます。それでも、安心して喋れる場所と、手元にひとつの「好き」があれば、人はまた歩き出せます。生きてさえいれば、道はいくらでも拓いていけるのですから。