ふと鏡を見て、「わたし、こんな顔をしていたっけ」と思ったことはありませんか。
誰かのために我慢して、良く思われようとがんばって。気がつけば、つくった自分のほうが本物のような顔をしている。
今夜は、「素の自分」のお話です。
「素の自分」とは、飾る前のわたし
店頭でたくさんの方とお話ししていると、近ごろ、ご相談がふたつのテーマに集まってきていると感じます。
ひとつは、素の自分とどう向き合い、自分というものを確立させるか。
もうひとつは、自分の持ち味を、この世界とどうつなげていくか。
ここでいう「素の自分」とは、これまでの経験や、「これが自分だ」という思い込みで塗り重ねる前の自分のこと。
誰に見せるためでもない、飾る前のわたしです。
人は案外、自分のことを知らない
むずかしく考えなくて大丈夫です。
自分が「好きだなあ」と思うことに、正直になる。
あまり好きではないことにも、正直になる。
そういうシンプルなことを追いかけるだけで、素の自分はすこしずつ見えてきます。
意外なほど、人は我慢しています。良く思われたくてがんばって、自分ではない自分を「これが私だ」と思っています。
その時間が無駄だとは思いません。けれど、早く気づけるなら、それに越したことはないのです。年齢は関係ありません。
三つの問いかけ
素の自分を探す手がかりに、三つだけ、問いかけてみてください。
- - 自分の生き方に、「イイね」を出せていますか
- - 鏡の中の自分は、いい顔をしていますか
- - あなたのまわりの人は、笑顔でいますか
いま見えている風景は、あなたがいま向き合うことの映し鏡です。
答えが「うーん」でも、落ちこまなくて大丈夫。気づいたところが、第一歩です。
答えは、誰もくれない
ここが、なかなか難しいところです。素の自分探しには、誰も答えをくれません。
「これがあなたですよ」と誰かが決めてくれたら楽でしょう。でもそれは、生きる楽しみを手放すようなものです。
苦しみも、人生の一部。生きているからこそ悩むし、苦しむ。
そしてその経験があるから、人の心は豊かになり、優しさを知ることができます。
店頭でご相談を受けるときも、わたしからお渡しできるのはヒントだけ。
「これが私だ」と決められるのは、世界でただひとり、ご自分だけです。
ひとりで見つけなくていい
若いうちは、「こんなのは私じゃない」と認めたくない日があります。
年齢を重ねると、経験が増えたぶん、かえって見えなくなるものもあります。
だから、素の自分は、ひとりで見つけようとしなくていいのです。
フラットにあなたを見てくれる人。隣で一緒に悩んでくれる人。そういう存在に話してみると、自分では当たり前すぎて見えなかった「好き」が、ぽろりと言葉になることがあります。
今夜、「好き」をひとつ思い出す
眠る前に、今日いちばん「好きだな」と感じた瞬間を、ひとつだけ思い出してみてください。
それが、飾る前のあなたのかけらです。
素の自分には、生きているかぎり、何度でも出会い直せます。今夜のひとかけらから、ゆっくり始めましょう。
おやすみなさい。