苦手なこと、見ないふりをしてきたこと。心当たりはありませんか。
不思議なもので、避けているものほど、面白いくらい——怖いくらい——目の前にやってきます。
今日は「しなければならないこと」との向き合い方を、店で感じていることとともにお届けします。
避ければ避けるほど、大きくなる
苦手なことと向き合う課題は、クリアするまで、形を変えて何度もやってきます。
なんでなんだ! と言いたくなるほどに。
避けて通れないことは、避ければ避けるほど大きな出来事になって戻ってくる——店でずっとお伝えしてきたことです。
しかも近ごろは、「待った!」がきかない速さを感じます。後回しにできた時代が、終わりつつあるのかもしれません。
「守ってもらう」から「守るために動く」へ
最近、自分を奮い立たせるために、力強い印象の石を選ばれる方が増えたように感じます。
その姿を見ていて、思うのです。
何かに守ってもらう、ではなく。
何かを守るために、自分が動く。
そのための「しなければならないこと」は、やはり自分の手でやるしかないのですね。
克服しなくていい。見て見ぬふりをやめるだけ
「苦手なことを克服しましょう」と言われると、身がすくみます。
でも、最初の一歩はそこではありません。
苦手なことを、見て見ぬふりをしない。まず、そこからです。
存在を認めて、机の上に置く。それだけで、課題は「得体の知れない影」から「順番に手をつけられる宿題」に変わります。
苦しみながらもひとつ乗り越えた方たちを店先で見ていると、積み重ねたものが少しずつ形になっているのがわかります。
「苦しい時ほど、愛をあげられるか」
苦しんでいたスタッフに、伝えた言葉があります。
「苦しい時ほど、愛をあげられるか」
「自分の心がカラカラに渇いている時ほど、愛を与えられるか」
受け取った本人は「以前の自分なら、いやいや無理〜となっていたはず。でも今は、それがわかる気がする」と話してくれました。
苦しい時こそ、踏ん張る力が要ります。そしてその力は、不思議なことに、与えることから湧いてくるのです。
どんなに苦しい時も、心だけはもっていかれないように。
お守りとしての、深い赤
自分を奮い立たせたいとき、昔から選ばれてきたのは赤い石です。
深い赤は、地に足をつけて、ぶれずに自分を立たせたいときの色。赤に惹かれる日は、心が力を欲しているサインかもしれません。
血のように深い赤をまとった水晶を、「見て見ぬふりをやめる」と決めた日のお守りに、手元に置いてみてください。
まとめ——ひとつだけ、手をつけてみる
「やらなければいけない」と追われるのではなく、「やる」と自分で決めたこととして。
見ないふりをしてきたもののうち、ひとつだけ手をつけてみませんか。それが済んだとき、見える景色はすこし変わっています。
たとえ今日できなくても、終わりではありません。向き合い直せる入り口は、明日にも来月にも、いくつでも開いています。