「いま、自分の軸が揺らいでいるな」と感じるとき、あなたはどうしていますか。
私は、場所を変えて、自分より大きな「志」に触れる旅をすることがあります。
今日は、11月の京都へ、坂本龍馬のお墓参りに行ったときのお話です。
命日の京都へ
11月14日からお休みをいただき、一泊二日で京都へ行ってきました。
毎週参加している早朝勉強会の京都編。11月15日は、幕末の英雄・坂本龍馬の命日です。
今の日本の礎を築いたと云われる人のお墓の前で、自分の志を宣言しに行く——そう聞いて、これは行かないわけにはいかないと決めました。
結果、想像以上の旅になりました。
寺田屋で触れた、生身の歴史
お墓に向かう前に立ち寄ったのが、あの「寺田屋事件」の舞台、寺田屋です。
ちょうど龍馬の法要が執り行われていて、ご縁があり特別に出席させていただきました。命日のご記帳は毎年行われているそうで、私も記帳してきました。
建物の中には、刀の跡や弾痕が、生々しく残っています。
お風呂に入っていたお龍さんが襲撃に気づき、着の身着のまま龍馬に知らせに駆け上がったという階段。
その場に立つと、教科書の中の出来事が、急に体温を持って迫ってきます。自分の身の危険よりも、大切な人を守ることを選んだお龍さん。さすが龍馬が選んだ女性だと思いました。
墓前では、ただ手を合わせていた
そして、坂本龍馬のお墓へ。
志を宣言するつもりで行ったのに、いざ墓前に立つと、ただただ手を合わせていました。
後ろには、木戸孝允や高杉晋作をはじめ、多くの志士たちの墓碑が並んでいます。こんなお墓参りは、人生で初めてでした。
日本を変えようと立ち上がった若者たちが眠る場所で、自然とこう考えていました。
「いま、自分には何ができるだろうか」
亡くなって100年以上がたっても語り継がれ、今もなお人を動かし続けている。志というものの大きさを、まざまざと感じた時間でした。
帰り道、心の持ち方が変わっていた
お参りのあとは、龍馬が最期に食べたいと願いながら食べられなかったと伝わる「しゃも鍋」をみんなでいただきました。
素朴で、よいお出汁が出ていて、お母さんたちの手作りの味。おいしかったです。
派手な出来事があったわけではありません。
それでも、行きと帰りとでは、たしかに心の持ち方が変わっていました。静かな決意、と呼びたいような変化です。
自分の軸は、大きなものに触れて定まる
悩みの中にいるとき、自分の頭の中だけで答えを探すと、どうしても視野が狭くなります。
そんなときは、思いきって外へ出て、自分よりずっと大きな志に触れてみてください。歴史の舞台でも、先人のお墓でも、本の中でもいい。
「この人たちはこう生きた。では、私はどう生きよう」——その問いが立ち上がった瞬間、揺らいでいた軸が、すっと自分の真ん中に戻ってきます。
人生の道は一本ではありません。迷ったら、いったん遠くを見る。
そこからまた、自分の足元の一歩が始まります。