スマホを開けば、知らなくていいことまで飛び込んでくる。
気付けば人の言葉に振り回されて、今日も心がすり減っている——そんな毎日を送っていませんか。
今日は、秋の京都・高台寺を訪ねたときに出会った、ある言葉のお話です。
ねねの優しさが残る寺で
高台寺は、豊臣秀吉の妻・ねねが、秀吉の亡き後を弔うために開いたお寺です。
訪ねたのは紅葉の盛り。水面に映る紅葉が雨の波紋に揺れて、息をのむ美しさでした。
その高台寺に、『夢』と書かれた衝立があります。
禅の言葉では、夢を『空(くう)』というのだそうです。
「心こそ 心迷わす 心なれ」
高台寺で心に残ったのが、秀吉の辞世の句とも言われる、この歌でした。
「心こそ 心迷わす 心なれ 心に心 心ゆるすな」
心を迷わせているのは、ほかでもない自分の心。
喜怒哀楽に振り回されて自分を見失うのではなく、自分が心の主になりなさい——そんな意味だと言われています。
日々、自分の心をどう保つか。
何百年も前の言葉なのに、情報に追いかけられる今のわたしたちにこそ、響く気がしませんか。
遮断ではなく、「心で選ぶ」
現代は、調べれば何でも手に入る時代です。
だからこそ次は、受け取る側が「選択する」時代になります。
何を聞きたいか。何を手にしたいか。自分で選ぶのです。
ただ目をつぶって遮断するのではなく、得たいもの・聞きたいものを、心で選んでいく。
遮断にばかり慣れてしまうと、この「選ぶ力」はだんだん弱ってしまいます。
心の主は、自分。
自分の心がどこに居たいかは、自分で選んでいいのです。
見失ったときに帰れる場所を
とはいえ、心はいつでも揺れるものです。
だからこそ、心の重心を見失ったときに行ける場所、話せる人を、人生の中に作っておきませんか。
心は、何歳からでも育て直せます。
その強さは、誰の中にもあります。
まとめ——人生は、帰れる場所に出会う旅
あなたはこれからの人生で、どれだけの「帰れる場所」を作れるでしょうか。
人生は、その場所に出会うための旅なのかもしれません。
旅先の寺でも、なじみの店でも、話せる誰かの隣でも。
帰れる場所がひとつ増えるたび、歩いていける道もまた、ひとつずつ増えていきます。