「この子をどう育てればいいんだろう」

娘を育てながら、わたしがずっと考えてきた問いです。
本を読んでも、インターネットで調べまくっても、「これだ」という答えはどこにも落ちていません。もしあなたも同じ問いの前で立ち止まっているなら、今日はこのお話をさせてください。

答えは、誰も持っていなかった

保育園に通っていれば、誰かが娘の才能に気づいて、広げてくれる——そんな漫画のようなことは起こりません。
そばで育てているのはわたしですから、わたしがどう考え、どう動くかで、どのようにも進んでいきます。

調べて、比べて、それでも最後に「どれを答えにするか」は自分次第。
答えなんて、そんなものなのです。正解がどこかにあるのではなく、「これがわたしの正解」と自分が思うだけ。

世の中には、答えのないことが思っている以上にたくさんあります。
いまあなたが「これはこうだな」「これはなんか違うな」と感じていることも、すべて自分の主観が出した答えなのです。

「お母様だけでお越しください」

子育ての途中、あるお教室の体験に行ったときのことです。
てっきり娘が体験するものと思っていたら、なぜか「お母様だけでお越しください」と言われました。

え、子どもは体験しないの? この教室が合うかどうか、見なくていいの?

戸惑うわたしに、先生ははっきりおっしゃいました。

「お子様をどう育てていくかは、親御さんのお考えで決まります」

はっとしました。確かに、そのとおりなのです。
子どもの始まりは、すべて親の考えで決まっていく。そう言われた瞬間、ぴりっと身が引き締まり、とんでもないものを背負っているのだと改めて考えさせられました。

始まりの環境は大きい。でも、すべてではない

わたしたち大人もみんな、始まりは親の考えの中で育てられています。

その影響をどう受け止めるかは人それぞれです。
ただ、抵抗したくてもできなかったり、「自分をよく見てもらえていない」と感じてきた子どもが大人になって、やりたいことと、いまの環境とのズレに苦しむことは、往々にしてあります。

人生の始まりの環境というのは、それほど大きいのです。

けれど、生まれた環境ですべてが決まってしまうなら、人生はあまりに窮屈です。
環境から受け取ったものをどう乗り越えるか、そこからどんな答えを導き出すか——それは全部、自分が考えて決められること。

だからこそ、生きるうえでいちばん大切なのは、自分の土台となる考え方を、自分でどう育てていくかなのだと思います。

まとめ——答えのなさは、自由の入り口

「答えがない」と聞くと、心細くなるかもしれません。
でも裏を返せば、誰かの正解に縛られなくていい、ということです。

調べたうえで、最後は自分で決める。決めたものが、いまのあなたの正解。
そして合わないと感じたら、また考えて、決め直せばいい。

子育ても、自分の人生も、決め直せる回数に上限はありません。
答えが落ちていない世界は、あなたが自分の手で道を引いていい世界でもあるのです。