「やりたいことがあるなら、まず覚悟を決めなさい」。
そう言われて育ったわたしたちは、覚悟という言葉の重さの前で、何年も立ち止まってしまうことがあります。

もし今、あなたが「覚悟ができたら動こう」と思っているなら。
今日は、その重さをすこし下ろせるかもしれないお話です。

「決めればいいんだよ」と言われた日

お店には、長くお付き合いの続くお客様がいらっしゃいます。
あるとき、その方がスタッフとの会話のなかで、こんなことをおっしゃいました。

「まわりの人に相談すると、みんな口をそろえて『決めればいいんだよ』って言うの。それでようやく気づいたんです。わたし、今まで全然、決めてこなかったんだなって」

ご自分では、人生の節目節目を自分で選んできたつもりだった。
でも振り返ってみると、本当の願いを言葉にして「決めた」ことは、ほとんどなかった——そうおっしゃるのです。

覚悟は重く、「決める」は軽い

ここで大事なのは、「決める」は「覚悟」とは違うということです。

覚悟には、歯を食いしばるような重さがあります。
何かを差し出し、退路を断ち、失敗したら全部自分のせい。そんな空気をまとっています。

でも「決める」は、もっと軽いもの。
「わたしはこうしたい」「こうなりたい」と、シンプルに言葉にする。それだけです。

ど恥ずかしい願いでも、ちょっとずるい願いでもかまいません。
わかりやすい言葉で、自分の願いを自分に宣言する。それが「決める」です。

子どもは、ぽんと決めてしまう

そのお客様が教えてくださったのが、お子さんの姿でした。

子どもは「ぼくは○○になる」と、何の前置きもなく言います。
根拠も、準備も、まわりの目も気にしない。考えるより先に、ぽんと決めてしまう。

わたしたち大人が努力・忍耐・根性の積み上げで考えることを、子どもは身ひとつでやってのける。
決めることに、重い荷物は要らないと、子どもたちは知っているのかもしれません。

大人の頭は、複雑にしすぎる

では、なぜ大人になると決められなくなるのでしょう。

頭の中にフィルターがいくつも増えるからです。
失敗したらどうしよう。こう言ったらどう思われるだろう。言葉を選び、難しく言い換え、願いの輪郭がぼやけていく。

そのお客様も「小さいころは思ったことをそのまま言える子だった」と笑っていました。
決められないのは性格が変わったからではなく、フィルターが積もっただけ。だとしたら、外せばいいのです。

今日、ひとつだけ決めてみる

大きな決断でなくてかまいません。
「わたしはこうしたい」と、ひとつだけ言葉にしてみてください。声に出しても、紙に書いてもいい。

頭でわかるのと、心に落ちるのは別もの。だから一回で決めきれなくても大丈夫です。
何度でも決め直せばいい。決め直せる回数に、上限はありません。

覚悟がそろうのを待たなくても、道は今日からいくらでも引き直せます。
生きているかぎり、選び直せる道は無限にあるのですから。