大きな決断をしたとき、「どうして今、それをやろうと思ったの?」と聞かれて、うまく答えられなかったことはありませんか。
理由はちゃんとあるのに、言葉にすると何かが足りない。
今日は、わたし自身がその「足りない何か」に出会えた日のお話です。
父と迎えた、姉妹店の記念日
引っ越しが落ち着いたころ、もうひとつのお店——酵素風呂の2周年記念祭がありました。
この酵素風呂は、父が21年前に岡山で始めたもの。わたしが東京に出てきたのも、それを日本の中心で形にするためでした。
記念日には、創立者である父の誕生日を選びました。だから毎年この日は、父が東京へ来てくれます。
オープンするまでも、してからも、本当にいろいろなことがありました。
「ここまでよーやって来たのう」と、岡山弁でねぎらってもらった夜のことは、今も忘れられません。
父が、ずっと言わずにいてくれたこと
新居で父とふたり、ゆっくり話す時間がありました。
そこで父が、ぽつりと言ったのです。
「あとは、お前の二世じゃな」
ずっと言いたかったのだと思います。わたしが目の回るような毎日を送っているのを知っているから、今まで口にせずにいてくれた。
釣り仲間と孫の話ができないのは俺だけだと、笑いながら軽く。
でも、こちらの気持ちを察しながら言ってくれているのが分かりました。
父にとってその子は、ただの孫ではありません。酵素風呂を、その先の世界へつないでくれる子という意味が込められていました。
「なぜ今なのか」を、考え続けていた
実はそのころ、わたしは子どもを持ちたいと動き始めていて、「なぜ今なのだろう」と自分なりに考え続けていました。
お母さんになりたい。夫に、子どものいる人生を味わってもらいたい。両方の親に孫を抱かせてあげたい。
どれも本当の気持ちです。でも、それだけでは説明しきれない、もっと大きな意味があるような気がしていました。
父の話を聞いたとき、「これだ」と確信に近いものを感じたのです。
わたしはどこかで、人に何かを手渡せる子を育てたいと漠然と願っていたのだと、初めて言葉になりました。
決断の意味は、あとから姿を見せる
不思議なもので、決断の本当の意味は、決めた瞬間には全部見えていません。
自分で動いているようで、何かに導かれるように物事が進んでいく時期があります。あのころのわたしが、まさにそうでした。
だから、あなたが今、理由をうまく説明できない決断の前に立っているなら、焦らなくて大丈夫。
先に決めて、歩き出していい。
意味のほうが、あとから追いついてきてくれます。誰かの一言がきっかけで、自分の本心と出会い直す日が、きっと来ます。