ふとした拍子に昔の自分を思い出して、「どうしてあんなことをしていたんだろう」と顔が熱くなる。そんな経験はありませんか。
当時は真剣そのものだったのに、今の自分にはもう理解できない。今日は、その「理解できない」が持っている、意外な意味のお話です。
当時は、それがすべてだった
彩石屋のスタッフのひとりに、こんな経験があります。
もともと恋愛にはあっさりした性格で、友人からもそう言われるほどだったのに、ある人と出会ってから一変。1日中一緒にいないと気が済まず、自分の時間のすべてを相手に注ぎ込む毎日になってしまったそうです。
まわりがどれだけ言葉を掛けても、耳に入らない。恋は盲目とは、よく言ったものです。
「理解できない」は、距離がとれた証拠
時間が経って振り返ると、不思議なことに、当時の自分がまったく理解できないと言います。
「なんであんなことをしていたんだろう」
この感覚、悪いもののように思えるかもしれません。けれど見方を変えると、こうも言えます。
当時の自分が理解できないのは、あなたがもうそこにいないから。
渦中にいる間は、自分の姿は見えません。理解できないと感じられるのは、その出来事から十分に距離がとれて、別の場所に立てたからです。つまり「理解できない」は、変化が終わったあとに届く通知のようなもの。
変わった自分と、これから歩く
人との関わりに、執着はつきものです。執着したからこそ実ったご縁もあれば、執着したことで苦しくなった関係もあるでしょう。どちらが正解ということではありません。
大切なのは、そこを通り抜けたあとで「わたしは変わったんだな」と認めてあげること。
過去の自分を責める材料にするのではなく、ここまで歩いてきた距離を測る目印にする。それができたとき、変化はあなたの味方になります。
満月の夜の、振り返り
満月は古くから、手放しや振り返りの節目とされてきました。
月が満ちる夜に、手帳やスマホのメモを開いて、1年前・3年前の自分を思い出してみてください。「今ならこうしないな」と思えることがひとつでもあれば、それはあなたが歩いてきた証です。
お守りとしての、カヤナイト
彩石屋でこのお話とともにご紹介したいのが、カヤナイトという青い石です。
迷いの中で、自分の足で立つ心を支えるお守りとされてきました。誰かに寄りかかりすぎてしまう自分に気づいたとき、手元のカヤナイトが「わたしはわたし」と思い出す合図になってくれます。
まとめ——変化は、あとから気づくもの
変わろうと頑張っている最中は、変われた実感なんてないものです。けれどある日ふと過去を振り返って「理解できない」と感じたら、そこがゴールテープでした。
あなたはもう、何度も変わってきています。そしてこれからも、何度でも変わっていけます。生きていれば、道はいくらでも増えていくのですから。