「みんなと同じようにできない」
「どうしてわたしは、普通になれないんだろう」
そんなふうに、自分を責めてしまうことはありませんか。
周りに合わせようとがんばるほど、できない自分ばかりが目について、苦しくなる。今日は、そんなあなたに聞いてほしいお話です。
わたしも「普通になりたい」と泣いた
じつは、わたし自身がそうでした。
昔は「普通になりたい」と本気で思っていて、みんなと同じことができなくて泣いたこともあります。
そんなわたしが彩石屋でいちばん学んだこと。
それは——「普通じゃなくていい」ということかもしれません。
そもそも「普通」って、何でしょう
なぜわたしたちは、普通になろうとして、なれない自分を責めてしまうのでしょう。
それはきっと、「人と一緒じゃないとダメ」と言われ続けてきたからです。
学校でも職場でも、はみ出さないことが正解とされる場面は、たしかに多いものです。
でも、立ち止まって考えてみてください。
「普通」とは、たくさんの人をならして作った、平均という名のものさしのひとつにすぎません。
その一本のものさしに、あなたの全部をはからせる必要はないのです。
人と違って、当たり前
顔も、声も、育ってきた環境も、心が動くポイントも、ひとりずつ違います。
人と違うことは、直すべき欠点ではなく、はじめからの前提。
普通になろうとする努力は、ときに、自分の輪郭を消す努力になってしまいます。
それよりも、人と比べず、あなたがあなたらしくいられる場所と過ごし方を選ぶこと。
そちらにエネルギーを使うほうが、毎日はずっと軽くなります。
お守りとしての、ギベオン
彩石屋でこのお話とともにご紹介したいのが、ギベオンという石です。
地に足をつけ、しっかりとした自分を保つお守りとされてきた石。
周りの声に流されそうな日、人と比べて沈みそうな日に、手元の石にふれて「わたしはわたし」と思い出す合図にしてみてください。
「普通」を手放した先に
普通という一本道から外れても、道がなくなるわけではありません。
むしろ、ものさしを手放したところから、あなたにしか歩けない道が何本も見えてきます。
泣くほど「普通」になろうとしたあなたは、それだけ真剣に生きてきた人です。
これからはその真剣さを、自分らしく生きる方へ向けてあげてください。