「どうしてわたしは、こんなに欠けてばかりなんだろう」

人と比べては、足りないところを数えてしまう。直したいのに直らない部分を、夜になるとひとりで責めてしまう。
そんな日が続いているなら、今日は店主が旧友からもらった、忘れられない言葉のお話をさせてください。

久しぶりの再会で、同じことを考えていた

昔からの友人と、ゆっくり話す機会がありました。

学生の頃はお互い、こんなに深い話をしたことはなかったのに、それぞれ別の場所で経験を重ねてきた先で、不思議なくらい同じことを考えていたのです。

その会話の中で出てきたのが、「完璧」についての話でした。

「完璧になったら、終わってしまう」

友人はこう言いました。

「完璧になってしまったら、そこで終わっちゃうんだよね。やることが残っているから、わたしたちは今も生きているんだよ」

ハッとしました。
わたしたちはつい、欠けているところを「埋めるべき穴」だと思ってしまいます。

でも見方を変えれば、欠けているからこそ、人は学ぼうとします。欠けているからこそ、知恵を使って何とかしようと工夫します。
欠けは、終わりではなく、まだ続きがあるという印なのです。

欠けたところが、人とつないでくれる

完璧じゃないから、人の失敗を許せます。
完璧じゃないから、人に頼り、人とつながれます。
そして完璧じゃないから、その欠けたところごと愛してくれる人と、出会っていけます。

もし自分に足りないものが何ひとつなかったら、誰かを必要とすることも、誰かに必要とされることもないのかもしれません。

欠けは、恥ずかしいものではなく、人と人をつなぐ「持ち手」のようなもの。そう思うのです。

コンプレックスは「いらないパーツ」ではない

わたし自身、人より欠けていると感じるところがいくつもあります。

でも振り返ってみると、そのコンプレックスがあったからこそ向き合えたこと、出会えた人、選べた道がたくさんありました。
欠けたパーツも含めて、今のわたしの人生に深みと彩を与えてくれています。

足りないところを数えてしまう夜は、こう言い換えてみてください。

「ここが欠けているから、わたしにはまだ、やることがある」

やることがあるから、今日がある

欠けたところを抱えたままで、大丈夫です。それはあなたの価値を下げるものではなく、あなただけの物語をつくるパーツだから。

完璧じゃないわたしたちには、まだ経験していないことが山ほど残っています。だからこそ道はどこまでも続いていて、どの欠けからでも、明日は始められます。

あなたはこれから、どんな経験を選んでいきますか。