ふとした瞬間に、昔の選択を思い出して胸が痛む。
「あのとき、こうしていれば」。

気がつけば自分を責めて、ときには、そのとき関わっていた誰かのことまで責めてしまう——。
過去にとらわれて、今のあなたが苦しくなっていませんか。

取り返しのつかないものへの執着

「後悔先に立たず」という言葉のとおり、過ぎたことは取り返せません。
取り返せないものへの執着は、自分を苦しめるだけで、何も生み出さないのです。

そして、ここが大事なところです。

「ああしていればよかった」と今は思えても、過去のその瞬間のあなたには、その選択しかできなかった。
持っていた情報も、経験も、心の余裕も、今とは違ったのですから。

「それしかできなかった」と受け入れる

そのときの自分にはそれしかできなかった、という事実は変わりません。

ならばそこは潔く受け入れて、その自分を認めてあげる。
すると不思議なもので、自分への責めも、他人への責めも、自然とほどけていきます。代わりに生まれるのが、許しの心です。

許せたとき、心はすっと楽になります。
逆にいえば、この受け入れと許しがないかぎり、自分を愛することはなかなか難しい。
あの日の自分を許し、その自分ごと愛することは、本来の自分を知るうえでとても大事な一歩なのです。

「もう許そうよ」と背中を押す

自己否定や自己不信を積み上げても、その先に幸せは待っていません。
どうしたいかの答えは、いつも、あなた自身の中にあります。

胸の奥に「この感情を、もう手放したい」と思っている自分がいませんか。
もしいたら、そっと背中を押してあげてください。

「もう許そうよ」と。

自分を許せると、人のことも許せるようになります。順番は、いつも自分が先です。

お守りとしての、クリソコラ

このお話とともにご紹介したいのが、クリソコラという石です。

自分への愛情と、心からのコミュニケーションの象徴とされてきた石。
気持ちをうまく言葉にできない日や、また自分を責めそうになった日に、ふれて深呼吸する合図として、手元に置いてみてください。

過去は変えられなくても

過去の選択そのものは変えられません。
けれど、その選択にどんな意味を持たせるかは、今日からいくらでも変えられます。

あの日の自分を許せたとき、止まっていた時間が動き出します。
そこから先の道なら、生きているかぎり、何本でも選び直せるのですから。