「自分って、どんな人間なんだろう」

ふと、そんな問いが浮かんだことはありませんか。
自分が知っている自分だけで考えても、よく分からない。考えれば考えるほど、答えから遠ざかるような気さえしてくる。

今日は、その問いを抱えて長く迷子だった、私自身のお話をさせてください。

人に聞いても、本を探しても

答えを探して、いろいろな人に会いに行きました。「この人なら知っているかな」と思っても、これだと思える答えは返ってきませんでした。

それならと、大きな本屋さんに行って何時間も入り浸り、答えが書いてありそうな本を探しました。それでも、ぴったりの一冊にはなかなか巡り会えません。

そんなとき、「もう自分で勉強しよう」と扉を叩いたのが、ホロスコープ(出生図。生まれた瞬間の星の配置を写した、自己理解のための地図)の世界でした。

簡単に何かを信じるほうではない私にとって、数少ない「ピンと来るもの」だったのです。

自分を知るのは、本当は楽しい

お店でホロスコープを一緒に読み解いていると、「面白い!」と言っていただくことがよくあります。ノートがメモでびっしり、真っ黒になる方もいるくらいです。

自分のことを知っていくって、本当は楽しいことなんです。

もちろん、「知りたい、けど怖い」という気持ちもあると思います。
それでも足を運んでくださる方は、「ちょっとでも人生のヒントになるものが欲しい」という気持ちのほうが強い方なのだと感じています。

厳しい話にも、糸口はある

人生は、思う以上に厳しいことも多いものです。だから、向き合う中で耳の痛い話が出てくることもあります。

でも、苦しい状況には「原因はここにあるよ」と指させる根っこがあり、原因が見えれば、対処の糸口もきっと見えてきます。

私は探偵もののお話が好きで、何でも「原因は何かな」と探る癖があります。
漠然とした苦しさのままにしておかず、一緒に根っこを探す。それが、お店で大切にしている時間です。

まんまで生きる

もうひとつ、ずっと思っていることがあります。

心に嘘をついたままでは、自分を知る扉は開かないということです。

身近な人にも、自分自身にも、できれば嘘をつかないでいてほしい。
取り繕った自分ではなく、まんまの自分で生きてほしいのです。

問いを持ったときが、始まり

「自分はどんな人間なんだろう」という問いに、一度で出る答えはありません。

でも、その問いを持ったときが、自己理解の始まりです。
人に聞いてもいい。本を探してもいい。出生図という地図を借りてもいい。入り口はひとつではなく、道もひとつではありません。

生きているかぎり、自分を知る機会は何度でもやってきます。
迷子のままで終わる人生はない——そう思って、今日もお店であなたの話をうかがっています。