言いたいことが、言えない。角を立てるくらいなら、自分が引けばいい——。
そうやって一歩引くのが習い性になっている方は、きっと多いと思います。
今日は、その「引く」がいつのまにか変わってしまうことについてのお話です。

平和主義が、いつのまにか「我慢」に変わる

彩石屋のスタッフに、こんな経験をした者がいます。

昔、仕事の面接で「争いが起きたらどうしますか」と聞かれ、「争いごとが好きではないので、平和主義でいきます」と答えて採用されたそうです。
それ以来ずっと、一歩引く生き方を続けてきました。

ところがいつのまにか、「平和のために引く」が「我慢して引く」にすり替わっていた。本人も気づかないうちに、です。

外から見ると同じ「一歩引く」でも、心の中で起きていることはまったく別。
納得して引くのか、すり減りながら引くのか。この違いは、思っているより大きいのです。

身体は、心より先に教えてくれる

そのスタッフの場合、我慢が積もってくると、決まって口のまわりに不調が出るのだそうです。
言いたいことを飲み込んでいるときほど、口に出る。

「あ、ストレスがたまってきている」と早めに気づく合図にしている、と本人は話していました。

身体に出るのは嫌なものです。でも、見て見ぬふりを続けて大きくしてしまうより、早めに知らせてもらえるほうがありがたい。
そう受けとめ方を変えてから、無理のかけ方そのものが変わったといいます。

あなたにも、疲れたときに決まって出やすい場所はありませんか。
それは身体からの、小さな知らせかもしれません。

ためこむ前に、軽くする3つの習慣

ストレスは、ためこんで爆発させるのがいちばんこたえます。店のスタッフが実際に続けている、小さな3つの習慣をご紹介します。

  • - 嫌だったことを、まず口に出して吐き出す
  • - 嘘でもいいから「ありがとう」と声にしてみる
  • - 「よくがんばってるよ」と自分をねぎらう

たったこれだけで、心が少しだけ軽くなります。

気持ちの切り替えは難しいもの。まして相手が目の前にいる対人のストレスなら、なおさらです。だからこそ、道具は単純なほうがいいのです。

我慢の限界を、自分で把握しておく

人と関わることは、生きている限りついてまわります。親も子も、夫婦も友人も仕事仲間も、みんなそれぞれの正義で生きているから、ぶつかることもある。

そのすべてを受け止めて丸くおさめることは、誰にもできません。変えられるのは、自分の側の意識だけです。

ストレスと上手につき合っている人を見ていると、共通点があります。
自分の限界を知っていて、限界の手前で休む。そして、自分と人との線引きがうまい。

休む時間は、待っていても誰もくれません。10分でも15分でもいい、「自分でつくる」しかないのです。
そしてその時間は、めいっぱい自分のものにしてください。頭の中が仕事や家のことのままでは、休んだことになりませんから。

お守りとしての、ガーデンクォーツ

水晶の中に、小さな庭のような景色が閉じこめられたガーデンクォーツという石があります。

店のスタッフにも、人と長く向き合う日のお守りとして身につけている者がいます。
胸元の小さな庭をふと見て、「今日は引きすぎていないかな」と自分に聞く。その合図になってくれる石です。

まとめ——我慢の上手な人より、休み方の上手な人へ

我慢して引いてしまうのは、あなたが平和を大事にしてきた証拠です。弱さではありません。

ただ、これからは我慢の腕前を上げるより、休み方の腕前を上げていきませんか。
逃げ道も休み道も、立派な道のひとつ。道を選び直せるうちは、いくらでもやり直せます。