家族のため、パートナーのため、職場のため。
誰かの役に立てているときは安心できるのに、ひとりになると、自分が何者なのか分からなくなる。

もしあなたがそうなら、今日は私自身の原点でもある、すこし深いお話をさせてください。

「支えること」が生きる理由になるとき

私の原点は、父です。

父がどん底にいた時期、子どもだった私は、学校から帰るとまず、父が元気に仕事をしているかをそっと確かめていました。
「いけるいける」「すごいね」「何かいいことあった?」と声をかけて、毎日のように話を聞く。話があらぬ方向へ行かないように、ただ聞き続ける。

いつしか私は、父の支えになっている自分のために生きるようになっていました。

小さい頃にそういう生き方が身につくと、それがすべてのベースになります。
大人になってからの人間関係でも、「この人は私がいないとダメなんだ」と思える相手を、無意識に選んでしまうのです。

本当はダメじゃないのに、ダメだと思いたい

ここが、いちばん分かりにくいところです。

相手は、全然ダメじゃない。
それでも「ダメだ」と思いたい。そう思うことで、「そのために私はいる」という居場所が手に入るからです。

誰かのためになっている実感が、そのまま自分の居場所になる。
お互いがそれで満たされてしまうと、ふたりの関係は外から見えないほど静かに、もたれ合いになっていきます。

本人にはまず気づけません。だって、それが「幸せ」だと感じているのですから。

マヒしていたのは「自分を大事にする」感覚

このとき心の奥で起きているのは、自分を大事にするという感覚のマヒです。

私自身、長いあいだ「自分を大事にする」の意味が分かりませんでした。
誰かに尽くすことが幸せだと思っていると、自分を大事にするという話が、そもそも自分に関係のないことに聞こえるのです。

スタッフと話していたとき、彼女はこう笑っていました。
「尽くす恋愛を繰り返して、あるとき急に目が覚めた。周りはみんな気づいていたのに、私だけが聞く耳を持たなかった」と。

外からは見えていても、本人だけが気づけない。
それくらい、この生き方は本人にとって自然なものなのです。

依存しない居場所は、つくれる

では、もたれ合いではない居場所は、どうすればつくれるのでしょうか。

スタッフとの会議で行き着いた答えは、シンプルでした。
お互いが自分の足で立ったうえで、一緒にいることを選ぶ関係。

そのための最初の一歩が、「私は、誰かの役に立っていなくても、ここにいていい」と自分に言ってあげることです。

役に立つことをやめる必要はありません。
ただ、役に立つこと「だけ」が居場所の条件になっていないか、ときどき確かめてみてください。

まとめ——あなたの居場所は、条件つきではない

ちなみに私の父は、ある出会いをきっかけに夜ふけまで学び直しを続け、長い時間をかけて、どん底から自分の足で立ち上がりました。

支えた日々が無駄だったとは思いません。
でも、誰かを支える自分と、何もしていない素のままの自分。そのどちらも「いていい」と思えたとき、人生の景色は変わります。

居場所は、誰かの役に立った報酬ではありません。
生きていれば、居場所のつくり方も、これから選び直せます。何度でも。