一年を振り返ったとき、ふと「ダメな一年だったな」とため息が出てしまう——そんな夜はありませんか。

がんばったはずなのに、出てくるのは反省ばかり。
今日は、その「ダメだった」という言葉の、意外な正体についてお話しさせてください。

渦中にいるときは、「ダメ」に気づけない

不思議なもので、現実に必死で向き合っている最中は、「ダメ」という言葉が頭に入ってこないことがあります。

必死、一生懸命を通り過ぎて、ようやく反省点が見えてくる。

身体によくないものを食べ続けてしまう。働きすぎてしまう。ストレスを置き去りにしてしまう。
頭ではわかっていても、そうせずにいられない時期が、人にはあります。

とことんやってみないと、気づけないこともある。
そしてその奥には、たいてい自分の苦手分野——言うなれば「人生の課題」が隠れています。

「やめどき」の合図は、外からやってくる

人生の課題はひとつではありません。進むにつれて増えたり減ったり、まったく別のものが現れたりします。

ここで言う「進む」には、物事がどんどん展開していくことだけでなく、同じ場所に留まり、やり続けることも含まれます。
どんなことにも、永遠はないからです。続けていれば、どこかで終わりがやってきます。

その終わりが近づくと、「それはもうやめどきだよ」と教えてくれる人が現れたり、友人がふとその話題を口にしたり。偶然のように、同じ話が重なって届くことがあります。

聞いた瞬間、心がざわざわしたり、受け入れがたい気持ちになったりしたら——
それは、まだ向き合いきれていない何かを抱えている合図です。

「ダメだった」は、ハードルが上がった証

店主自身、ある年の大晦日に出てきた言葉が「近年で一番ダメな一年だった」でした。

その年は、思いきって手放したものや、覚悟を決めたことが数えきれないほどあった一年。
それでも、振り返って出てきたのは反省の言葉だったのです。

でも、書きながら気づきました。
これは、自分へのハードルが上がったということなのだと。

「もっとできたでしょ、わたし」。
少し高いところから自分を見つめられるようになったからこそ、出てくる言葉でした。
だから「ダメだった」と思えたことは、後退ではなく、前に進んだ証なのです。

覚悟は、ひとつではない

覚悟というと、一世一代の大きな決断を思い浮かべるかもしれません。
けれど実際の覚悟は、もっと数が多くて、もっと日常的です。

自分ひとりで決められることもあれば、まわりに協力してもらわないと越えられないこともある。
その小さな覚悟の積み重ねが、なりたい未来を形にしていきます。

もし未来を描いてつまずいているなら、目標の立て方より先に、「振り返り」と「覚悟」を見つめ直してみてください。

そして大事なのは、同じことを繰り返さないこと。
繰り返すほど、夢にたどり着くまでの時間が延びてしまいます。
——それでも、遠回りもまた「進んでいる」うちのひとつですけれどね。

反省できた自分に、「ようやくここまで来たね」

「ダメな一年だった」と思えたなら、あなたはもう、去年のあなたより高いところに立っています。

その自分に、「ようやくここまで来たね」と声をかけてあげてください。

反省は、自分を責めるためのものではなく、次の一年を明るく感じるためのもの。
道はひとつではなく、生きているかぎり、何度でも引き直せます。

ひとつひとつ、丁寧に。
あなたの新しい一年が、「形にする」一年になりますように。