「もっと器用に、もっと幅広く生きられたらいいのに」
人と自分を比べて、そんなふうにため息をつくことはありませんか。

今日は、店で長くお付き合いのあるお客様から伺った、「狭く深く生きる」ことのお話です。

「目指し方が分からない」と笑った人

そのお客様は、木や草花が大好きな方です。
インドには「悩みのある者は木の下に行け」ということわざがあると言われていて、その言葉のとおり、大きなケヤキを見上げに通っていた——そんなきっかけで、店との縁が始まりました。

植物が好きなら、お花屋さんという道もあったはずです。
けれどご本人いわく、「活けるより、自然の中にあるものが好きで。私、いつも目指し方が分からないんですよ」と笑うのです。

切り花にすることに、どこか抵抗がある。店先でぎゅっと束ねられた花を見ると、すこし苦しくなる。だから、その道は選ばなかった。

それは優柔不断なのではありません。
自分の感覚が、ちゃんと「こっちじゃない」と教えてくれていたのです。

狭く生きることは、弱さではない

その方は、こんなことも話してくれました。

「広く何でもできる人に憧れて、そっちを目指していた時期もありました。でも、なかなか自分を認められなくて、迷走していました」

周りに合わせようとするうちに、だんだん自分がズレていく感覚。
心当たりのある方も、多いのではないでしょうか。

でも、見方を変えれば——狭いことは、集中できるということ。
あれもこれもと手を広げる代わりに、ひとつのことへ、ぐっと深く入り込む強さがあるということです。

ずっと見ているから、見えてくるもの

その方は学生時代、絵を描くことに打ち込んでいたそうです。
人物画を描き続けるうちに、不思議な体験をしたといいます。

「人の肌の上に、いろんな色が乗って見えるようになったんです。絵画で見たときは『こんな色、肌にないでしょ』と思っていたのに、ずーっと見ていると、本当に見えてくるんだなって」

似たお話は、店のまわりにもあります。
長年数字と向き合ってきた専門家の方は「ずっと見ていると、数字が語りかけてくるように感じる」と言いますし、私たちも毎日石と向き合っていると、同じ種類の石でも、その日その日の表情の違いが分かるようになってきます。

ひとつのことをずっと続けた人にだけ、見えてくる景色がある。
それが仕事の結果や肩書きにつながっていなくても、続けた時間は、間違いなくその人の財産です。

「狭さ」は、あなたの強さになる

もしあなたが、器用に生きられない自分を責めているなら、思い出してください。

狭いからこそ、深く潜れる。
続けてきたからこそ、見える景色がある。

あなたが何年も続けてきたこと——趣味でも、家事でも、仕事でも——は、もう立派な財産です。

そして、ひとつの道を選ばなかったことは、行き止まりではありません。
感覚が「こっちじゃない」と教えてくれたぶんだけ、あなたに合う道は別のところでひらいていきます。生きているかぎり、道は減るどころか、増えていくのですから。