「あんなにしてあげたのに、どうして分かってくれないんだろう」
家族、夫婦、長いつき合いの友人。近い人ほど、この気持ちは重くなります。
彩石屋の店頭でホロスコープを一緒に読みながらお話ししていると、人間関係の「しがらみ」の話に行き着くことが、とても多いのです。今日は、その対話のなかで見えてきた「手放す」ことのお話です。
愛情のつもりが、重さになることがある
あるお客様は、長いあいだ、大切な人の幸せを自分の願いとして生きてこられました。
その人が幸せになれば、わたしは嬉しい。心からそう思っていたそうです。
けれど、ふと立ち止まったとき、こう気づかれました。
「思いが強すぎて、相手には重かったかもしれない」と。
愛があっての行動でも、それを欲しいと思っていない相手には、押しつけになってしまうことがあります。
伝わらない愛は、ときに、お互いを縛る鎖になる。 切ないけれど、人間関係ではよく起こることです。
執着の正体は「返ってくるはず」という期待
では、執着しないとは、どういうことでしょうか。
冷たくなることでも、関係を切り捨てることでもありません。
「与えたぶん、返ってくるはず」という期待を、そっと手放すことです。
- - これだけ尽くしたのだから、感謝してほしい
- - わたしの気持ちを、分かってほしい
- - どうしてあの人は、わたしにきつく当たるのだろう
どれも、相手の反応に自分の幸せを預けてしまっている状態です。
「あなたは、そういう生き方をするんですね」と、相手の生き方を相手に返す。
与えても与えられなくても、それはその人の人生。そう思えたとき、関係の見え方が変わります。
「ありがとう」と言って、手放す
手放すというと、突き放すような響きがあるかもしれません。
でも、お客様との対話で行き着いたのは、もっとあたたかい形でした。
「ありがとう」と返して、手放す。
その人から受け取ったもの、支えられた日々への感謝はそのままに、「返してほしい」「分かってほしい」と握りしめた手だけを、ゆるめる。
それは自分のためであると同時に、相手を自由にすることでもあります。
手放すほど、軽くなる
不思議なもので、「この感情は、もういらない」とひとつ手放すたびに、心は軽くなっていきます。
逆に、握りしめているものが多いほど、人は動けなくなります。
荷物をいっぱいに抱えたまま、新しい何かを受け取ることはできないからです。
もし今、特定の誰かのことが頭から離れずに苦しいなら、紙に書き出してみてください。
「わたしはこの人に、何を期待しているんだろう?」
期待に名前がつくと、手放すものの輪郭が見えてきます。
まとめ——縁の意味は、双方にある
一方的なご縁というものは、ないのだと思います。苦しかった関係にも、あなたがそこから受け取ったものが、きっとある。
だからこそ、感謝とともに手放していい。手放した先で、あなたの道はまたいくつにも枝分かれして続いていきます。生きているかぎり、選び直せない道はありません。
今日、握りしめた手を、ひとつだけゆるめてみませんか。