アクセサリーでも、習慣でも、人間関係でも。「ずっと抱えてきたけれど、本当はもう手放したい」と感じているものは、ありませんか。

今日は、店頭で続けて出会った「水晶しか着けられない」という声から、「手放してシンプルになる」ことのお話です。

10年付き合った親知らずを、抜いた日

店のスタッフの話です。

10年ものあいだ痛みと付き合ってきた親知らずが、ここ数ヶ月「もう限界」と主張するようになり、思い切って抜くことにしたそうです。

手放しというのは、最近手に入れたものだけに起こるのではありません。むしろ「何年も、何十年も、手放したかったのに思い切れなかったもの」にこそ、順番が回ってきます。

あなたのなかにも、勇気が出なくて抱えたままのものが、ひとつやふたつ、あるのではないでしょうか。

「もう今は、水晶しか着けられません」

先日ご来店くださったお客様が、こうおっしゃいました。

「もう今は、水晶しか着けられません」

実は昨年あたりから、同じことをおっしゃる方が、ちらほらいらっしゃいます。

色とりどりの石ではなく、無色透明の水晶だけ。それは「シンプルになる」ということ。どうでもいいしがらみや、しなくていい我慢を、少しずつ手放しはじめたということなのだと、私たちは受け止めています。

まっさらになるから、次へ進める

自分の先の未来へ進むには、一度シンプルになること。手放して、まっさらになること。

店頭に立っていると、その方が選ぶ石に、その方の「今」があらわれているように感じる瞬間があります。そして、水晶だけの時期を過ごした方が、また次の変化に合わせて、新しい石を選ばれる日がやってくるのです。

手放しは終わりではなく、次の章の準備。空白の期間は、何かが欠けた時間ではなく、次の自分を迎える支度の時間です。

手放した手は、空っぽではない

手放すのは、こわいことです。10年抱えてきたものなら、なおさらです。

けれど、空いた手のひらには、次のものを受け取る余白が生まれます。

もし気になる石があったら、店頭でぜひ聞かせてください。いまの自分がどんな状態なのかを知ることは、新しい一歩を踏み出すときの、心強い支えになります。

道は一本ではありません。手放すたびに、行き先はむしろ増えていくのです。