「どうしてわたしだけ、こんなにしんどいんだろう」
悩みの渦中にいるとき、世界はとても狭く見えます。家と職場の往復、同じ顔ぶれ、同じ会話。その狭い世界の中だけで出口を探すほど、悩みはかえって重くなっていく——そんな経験はありませんか。
同じ場所で考え続けると、悩みは育つ
悩みには、不思議な性質があります。同じ環境で、同じ人間関係の中で考え続けるほど、どんどん大きく育っていくのです。
まわりの誰もが同じ前提で生きていると、「これは深刻な問題だ」という見方だけが補強されていきます。比べる物差しが、ひとつしかないからです。
スタッフとの雑談で聞いた、ある青年の話
店のスタッフとの雑談で、テレビで紹介されていたという、ある青年の話を聞きました。
大きな病気で大腸を摘出し、人工肛門とともに生きることになった青年。病院の世界だけにいれば、「重い持病のある人」「運動はあきらめる人」という見方の中で生きることになったかもしれません。
けれど彼は、大学でラグビー部に入りました。
そこにいたのは、とんでもない経歴を経て入ってきた人や、ゲームのしすぎで留年した人。良くも悪くも型破りな仲間たちでした。彼らと過ごすうちに、青年の人生観は変わっていったそうです。
「自分の事情なんて、たいしたことないじゃん」
深刻さくらべに勝ったのではありません。「それでもOK」とされる世界が現実にあるのだと、肌で知ったのです。
世界は、思っているよりたくさんある
病院には病院の、職場には職場の、家庭には家庭の常識があります。ひとつの世界に長くいると、その常識が世界のすべてに見えてきます。
でも実際には、世界は無数にあります。あなたの悩みを「大ごと」と扱う世界もあれば、「そんなの個性のうち」と受けとめる世界もある。
悩みそのものは同じでも、置く場所を変えるだけで、その重さは変わるのです。
自分で考えて、半歩だけ動いてみる
その雑談で、もうひとつ心に残ったことがあります。誰かに何とかしてもらうのを待つ人より、自分で考えてあれこれ動く人のほうが、すこしずつ外の世界へ出ていく、ということです。
別の世界は、向こうからはやって来ません。本を一冊読んでみる、いつもと違う場所へ出かける、初めての人と話してみる。入口は、そのくらい小さなことで十分です。
扉は、いまいる部屋の外にもある
いまの場所で苦しいのは、あなたが弱いからではありません。たまたま、ひとつの世界しか見えない位置に立っているだけです。
生きている限り、まだ知らない世界の数だけ、道はあります。今日のあなたの悩みが「たいしたことなかった」と思える場所も、きっとどこかにある。その扉を、半歩ずつ探しにいきませんか。