「なんだか違和感がある」
「あの人といると、どうも落ち着かない」

そんな感覚が続くとき、わたしたちはつい相手や環境のせいにしたくなります。
でも今日は、すこし違う角度からお話しさせてください。

信じている世界が、見えている世界になる

「どうせ信じられない」「どうせわかりあえない」

そう信じていると、不思議なほど、その通りの出来事ばかりが目に入るようになります。
「だから言ったでしょう」「やはりね」と、信じた世界の証拠集めをしてしまうのです。

あなたを縛っているのは、出来事そのものではなく、「こういうものだ」という思い込みなのかもしれません。

ピアノが調律を必要とするように

では、どうすればいいのでしょう。
まずおすすめしたいのは、考え方をいじる前に、身体を整えることです。

ピアノは定期的に調律をします。調律をすれば音階が揃い、音色が変わり、弾く人の気持ちまで明るくなります。

身体も同じです。
睡眠や食事が乱れて身体が不協和音を出していると、自分の調子はもちろん、周りの人との関係まで響き合わなくなっていきます。

身体は、自律神経——いわば「身体の自動運転」——が昼夜休まず支えてくれています。
その自動運転が落ち着いて働けるように、休ませて、整える。心の話は、それからで十分です。

思い込みに「気づく」だけでいい

身体が整ってくると、自分を眺める余白が生まれます。

そこでようやく、「やはり」「だから」「これさえなければ」と握りしめてきた思い込みに気づけるのです。
無理に手放そうとしなくて大丈夫。「私はこう信じていたんだな」と気づくこと自体が、すでに大きな一歩です。

信じるものが変われば、同じ毎日の見え方が変わります。
「信じられない」の世界から、「わかりあえるかもしれない」の世界へ。どちらに根をおろすかを決めるのは、あなた自身です。

まとめ——違和感は、変わりどきの合図

いま違和感を感じているなら、それは「今までの世界観が窮屈になってきた」という合図かもしれません。

ピアノの調律のように、まず身体を整えて、思い込みにひとつ気づく。
そこから選び直せる道は、ひとつではありません。いくつでも、何度でも、あなたは選び直せます。