「私って、こういう人だから」

そんなふうに、自分のことを決めてしまっていませんか。
変わりたい気持ちはあるのに、「自分はこういう人間」というラベルが先に立って、動けなくなる。今日は、自分を知ることの面白さについてお話しします。

「知っている」は、扉を閉める言葉にもなる

みんな、自分を知っているようで知らない。私ももちろん、その中のひとりです。

そして「自分のことは知っている」と言うのは、実は「それ以上の自分にはならない」と決めてしまうことでもあります。
聞いた相手も「そうなんだね」としか返せない、会話の扉を閉める言葉。だから、あまり口にしないほうが得なのです。

自分にはまだ出てきていない可能性が眠っている——そう思えるだけで、それは人生の希望になります。
ただ、それを見つけるのが簡単ではないことも、大人なら大抵わかっていますよね。

頑張っている人ほど、自分が見えにくい

不思議なことに、頑張っている人ほど「自分がわからない」と言います。

それは弱さではありません。目の前に課せられたものを乗り越えようと懸命だからこそ、自分を眺める余白がなくなっているだけです。

私は、頑張っている人がとても好きです。尊敬していますし、そういう方にこそ、腕をまくって自分の知っていることを伝えたくなります。

理解者は、耳の痛いことを言う人

人生は、応援してくれる人をどれだけ持てるかも大切です。それは「自分の理解者」と言い換えてもいいと思います。

あなたのまわりに、理解者はいますか?

理解者とは、あなたをすべて肯定してくれる人ではありません。
むしろ、ほかの誰よりも鋭くあなたに入り込んできて、言われたくないことを言ってくる人かもしれない。
それでも、そういう人がそばにいることが、人生を豊かにしていきます。

耳の痛い助言が届いたときは、「そのテーマに向き合う時が来た」という合図だと考えてみてください。
受け入れられる気分のときだけ聞くのなら、それはタイミングではなく、ただの先送りです。

生きてきた道のりが、あなたを教えてくれる

この世はわからないことだらけで、自分のこともわからないことだらけです。

それでも、辿ってきた道、出会ってきた人、がむしゃらに頑張ったこと、乗り越えたこと。
そのひとつひとつが「生きてきた意味の地図」になって、あなたがどういう人間かを教えてくれます。

そう考えると、「私はこういう人間です」と言い切るのは、まだまだ早いと思いませんか。
知りたいことも、会いたい人も、学びたいことも、行きたい場所も、まだ残っているのですから。

まとめ——知らない自分がいるから、面白い

きっとあなたは、あなたが思うような人間じゃない。

それは不安なことではなく、伸びしろです。知らない自分がいるから、毎日が刺激的で面白い。
ラベルをひとつ剥がすたびに、選べる道は増えていきます。生きていれば、道は無限にあるのです。

彩石屋は、あなたの人生の途中で、悩んだこと迷ったことを共に考えられる、生活に身近な存在でありたいと思っています。