「嫌だな、嫌だな」と思いながら、その人の前ではうまく立ち回って、いい人を演じてしまう。
そして帰り道、どっと疲れている自分に気づく。
そんな関係に、心当たりはありませんか。今日は「嫌なのに離れられない」のはなぜか、というお話です。
離れられないのは、寄りかかり合っているから
嫌な人から離れられないとき、実は自分のほうも、その人に寄りかかっていることが多いものです。
嫌われたくない。いい人だと思われていたい。その関係がなくなったあとが、なんとなく怖い。
そうして相手の意思で動き、相手の顔色で今日の自分が決まっていく。
自分の足で立っていない関係は、どちらにとってもしんどいのです。
これは意志が弱いからではありません。「いい人でいたい」という、まじめでやさしい気持ちの裏返しです。
離れられた側から見えたこと
彩石屋のスタッフのひとりに、こんな経験があります。
毎日のように遊ぶ仲のよい友人がいたのですが、似た者同士でぶつかることも多く、それをいつも「なんとかなる」と流してしまっていたそうです。
ある日、その友人のほうから、すっと離れていきました。
ずいぶん経ってから、当時の相手の気持ちがわかるようになったと言います。知らないうちにたくさん傷つけていた。自分本位の考えしかできていなかった。相手にとって、自分こそが「嫌な人」だったのだと。
いまでは、勇気を持って離れていってくれたその友人に感謝しているそうです。離れてもらえなければ、気づけないことが山ほどあったからです。
手放したあとに、自由が来る
自分に嘘をついてまで話を合わせる関係なら、終わりにしてもいいのではないでしょうか。それが本当の友人と呼べるかどうかは、もうあなた自身がわかっているはずです。
手放すことは苦しい。でも、手放したあとには、心がすっと軽くなる時間が待っています。
すぐに離れられない事情があるなら、まずは「嫌なことは嫌」と言ってみることから。
口に出せたという事実だけで、気持ちは変わります。そしてあなたの気持ちが変わると、不思議と相手との間合いも変わっていくものです。
がんばることも大切ですが、自分が楽な気持ちでいられる環境を、自分の手で作っていくことのほうが、もっと大切です。
お守りとしての、カヤナイト
このお話とともにご紹介したい石が、カヤナイトです。
深い青の縞が美しいこの石は、古くから「自分の意思を貫く」象徴とされてきました。
誰かの顔色ではなく、自分の気持ちで今日を選ぶ。そのための小さなお守りとして、手元に置いてみてください。ふれるたびに、「本当はどうしたい?」と自分にたずねる合図になります。
まとめ——その人の前だけの「いい子」を、卒業する
特定の人の前だけで演じる「いい子」を、そろそろ解放してあげませんか。
ひとつの関係が終わっても、あなたの世界は終わりません。むしろ空いた場所に、新しい人や時間が入ってきます。
人との縁も道も、生きているかぎり、いくらでも結び直せるのですから。