「今の環境がしんどい。ここではないどこかへ行きたい」
そんな気持ちが胸の中で大きくなっているとき、視線は遠い未来やよその場所ばかりに向いて、目の前のことが見えなくなっていることがあります。
今日は、わたし自身が旧友との再会で受け取った、忘れられない一言のおはなしです。
どこへ行っても、変わらずにいてくれた人
わたしは度重なる引っ越しを経て、今に至ります。
後ろを振り返る余裕もなく、新しい土地に慣れることに力を注いできました。
目まぐるしく変わる環境は、わたしという人間そのものを変えてしまったことさえありました。落ち込んだ日も、もちろんあります。
それでも、どんなわたしでも受け入れてくれる旧友がいました。
なかなか会えなくても、会えばホッとできる。知り尽くしたつもりでも、会うたびに新しい発見がある。そんな存在です。
「いい人生だったなと思えるように、今頑張ってる」
ある再会の席で、友人がこう言いました。
「人生の幕引きのときに、いい人生だったなって思えるように、今頑張ってるんだよね」
育った環境も家族構成も、みんな違います。
仕事、子育て、介護——それぞれが、今置かれた場所でのやるべきことを、ちゃんと自分のこととして引き受けていました。
そして彼女たちは「これは自分にしかできない」と言うのです。
自分の役割に気づき、覚悟を決めている人は、輝きが違って見えました。
向き合わずに、どこへ行けるだろう
誰にでも、向き合うべき人や環境があると思います。
そこと向き合わないまま、どこへ行けるのでしょうか。
今を見ないままたどり着く未来は、どんな未来でしょうか。
目先のつらさから逃げたくなる日があるのは、あなたが弱いからではありません。
ただ、自分にとって大切な方向へ進むために越えたい壁なのだとしたら、受け止めてみることで見えてくるものがあります。
望んでいなかった経験のあとで、「あれがあったから今がある」と思えた——店頭でも、そんなお話をうかがうことがあります。
お守りとしての、ラピスラズリ
彩石屋でこのお話とともにご紹介したいのが、ラピスラズリです。
深い青に金色の粒が散る石で、古くから「進むべき道を見つめ直すとき」の象徴とされてきました。
道に迷ったとき、逃げたくなったとき、手元の石にふれて「わたしは今、何と向き合うんだったかな」と問い直す。そんなお守りとして置いてみてください。
未来は「今ここ」の積み重ねの先に
「いい人生だった」と最後に思えるかどうかは、遠くの何かではなく、今日の過ごし方の積み重ねで決まっていくのだと、友人の言葉に教えられました。
今ここに集中すること。
目の前のことに向き合った分だけ、行ける場所は増えていきます。生きているかぎり、道はいくらでも先へ伸びていくのですから。