「まわりに合わせてばかりで、自分がすり減っていく気がする」。職場で、ご近所づきあいで、家族の中で——そんなふうに感じたことはありませんか。
七夕が近づくこの季節、わたしが思い出すのは、泥の中から咲く蓮の花のことです。
泥より出でて、泥に染まらず
二十四節気の「小暑」を迎える7月の初め、蓮の花が咲きはじめます。
早朝にひらいて、昼にはとじてしまう短い花。けれどその姿は、昔から特別なものとされてきました。
「蓮は泥より出でて泥に染まらず」。
泥の中に根を張りながら、花は泥にまみれることなく、まっすぐ伸びて清らかに咲く。花言葉は「清らかな心」「神聖」。仏教では極楽の花とされ、インドやベトナムでは国の花に、エジプトでは再生の象徴とされてきたそうです。
環境は選べなくても、咲き方は選べる
蓮の花が教えてくれるのは、とてもシンプルなことだと思うのです。
根を下ろす場所が泥でも、泥に染まるかどうかは自分が決められる。
「あの職場だから」「あの家に生まれたから」と、環境のせいにしたくなる日もあります。それは弱さではなく、それだけ毎日をがんばっている証拠です。
でも、環境を理由に自分の色まで濁らせてしまうのは、もったいない。
まわりがどうであれ、「わたしはこうありたい」という芯——自分軸を一本、泥の中に通しておく。蓮の茎のように、静かにまっすぐ。
七夕に、願いをひとつ書いてみる
七夕は、心を清めて願いを託す行事として続いてきました。
子どもが幼稚園のころ、園にある竹をいただいて、一緒に七夕飾りを作った思い出があります。五色の短冊は「木・火・土・金・水」の五行にちなんだ色。折り鶴には、長生きへの願いが込められているのだそうです。
短冊に書くのは、立派な目標でなくていいのです。
「流されない自分でいたい」。その一行だけでも、書いたあとに見上げる夜空は、きっと昨日とすこし違って見えます。
まとめ・あなたの花は、これから咲く
泥のような時期は、誰の人生にもあります。けれど蓮にとって、泥は汚れではなく、花を咲かせるための養分でした。
いまあなたが立っている場所も、いつか「あの時期があったから」と思える土壌になるかもしれません。
生きていれば、咲きどきは一度きりではありません。
今年の七夕、夜空にひとつ願いを掛けて、あなたの咲き方を、あなた自身で選んでください。