朝、たまたま聞いた一言で気分が沈み、その日一日が台無しになる。
逆に、ほめられた日は足取りまで軽くなる。
心当たりはありませんか。
気分の浮き沈みそのものは自然なことです。でも、その振れ幅に毎日疲れているなら、今日のお話が役に立つかもしれません。
心が、出来事に握られているとき
一喜一憂しているとき、心のハンドルは自分の手元にありません。
良い出来事が来れば上がり、悪い出来事が来れば下がる。
つまり、その日の機嫌を決めているのは自分ではなく、たまたま起きた出来事のほうなのです。
人生には、いろいろなことが起こります。それは誰にも止められません。
でも、出来事にどう揺れるかは、すこしずつ自分の側に取り戻せます。
「大丈夫」という戻る場所を決めておく
旧コラムの中に、こんな一節がありました。
一喜一憂せず、常に「大丈夫」という心持ちでいることを意識するだけで、世界が変わってくる。
これは、無理にポジティブになりましょうという話ではありません。
揺れたあとに戻ってくる「心の定位置」を、あらかじめ決めておくということです。
嫌なことがあったら、揺れていい。落ち込んでいい。
そのうえで「とはいえ、わたしは大丈夫」という場所へ帰ってくる。帰る場所があるだけで、揺れはこわくなくなります。
「これが最善」と受け止めてみる
もうひとつ、心を軽くする受け止め方があります。
起きてしまった出来事に対して、「これが今の最善なんだ」といったん受け止めてみることです。
出来事そのものは変えられませんが、意味づけはあとから自分で選べます。
「あの遠回りがあったから、今がある」——そう思える日が来ることは、実際めずらしくありません。
がまんして飲み込むのとは違います。
評価を急がず、「最善かもしれない」と保留しておく。それだけで、心の消耗はずいぶん減ります。
揺れる自分ごと、受け入れる
そして土台になるのが、今の自分をまるごと受け入れることです。
一喜一憂してしまう自分を「弱い」と責める必要はありません。
揺れるのは、それだけ真剣に生きている証拠です。
「揺れやすいわたしが、今日も帰る場所に戻れた」。
その繰り返しが、出来事に左右されない自分軸を静かに育てていきます。
お守りとしての、ブルームーンストーン
彩石屋でこのお話とともにご紹介したいのが、ブルームーンストーンです。
ムーンストーンの中でも、青い光の筋(シラー)が見えるものをこう呼びます。
角度によって表情を変える、月の光のようなやわらかい輝きの石です。
古くから、今ある自分を受け入れる手助けをし、迷ったときの道しるべになるとされてきました。
気分が大きく揺れた日、この石を眺めて「大丈夫、帰る場所はここ」と思い出す。
そんな合図のお守りとして、手元に置いてみてください。
まとめ:揺れても、戻ってこられたらそれでいい
一喜一憂をゼロにする必要はありません。
揺れたら、戻る。その往復ができれば、もう十分です。
生きていれば、出来事の意味はあとからいくらでも書き換えられます。
今日のあなたが、自分の「大丈夫」へ無事に帰り着けますように。