「あの一年がなければ、いまの自分はいません」——お店でうかがった、あるお客様の言葉です。
環境も人間関係も大きく変わった激動の一年を、その方は「必要な時間だった」と振り返りました。今日は、その言葉が生まれるまでのお話を紹介させてください。

渦中では「きつかった」しか言えなかった

お話をうかがったのは、ヨガ講師をされているお客様。スタッフとは長いお付き合いで、店先でぽつりぽつりと語ってくださいました。

教室を開いたばかりの時期に、家族のあり方が変わり、仕事のパートナーとの行き違いも重なった。決断の連続で、ご本人いわく「ぐにゅんぐにゅん」の一年だったそうです。

渦中では「きつかった」としか言えなかったその時間を、年が明けたころ、こう振り返ったのです。

「必要な時間だったんだよね。あの一年がなければ、全然いまここにいない」

頼っていた人が、離れていくこともある

激動の中でいちばん驚いたのは、親のように頼っていた親戚の方が離れていったことだったといいます。

つらい時期に漏らした弱音を受け止めてもらえず、思いがけない本音を投げ返された。ショックを受けながらも、その方はこう気づきます。

「これは、私の問題ではなく、あの人自身の問題なんだ」

そう受け止めて、いまは会わないでおこうと自分で決めた。すると不思議なことに、いちばん身近な家族との絆が、前よりも強くなっていったそうです。

いちばん苦しいときにこそ、本当に味方でいてくれる人が見える。お客様とスタッフ、ふたりの実感が重なった言葉でした。

押し殺した感情は、身体に出る

もうひとつ、印象的だったお話があります。

認めたくない出来事から目をそらし続けていたとき。「もう全部認めよう」と心を決めた瞬間に、喉が潰れて熱が出て、声が出なくなったのだそうです。

その後の1〜2週間は、酵素風呂で身体を温めながら、とにかく休むことに専念して、声は少しずつ戻っていきました。

押し殺した感情がたまっていくと、身体が先に「もう限界だよ」と教えてくれることがあります。心と身体は、別々のものではないのですね。

振り返ったとき、意味は立ち上がる

渦中にいるときは、意味なんて見えません。きつい、つらい、それだけです。

でも、嵐をくぐり抜けて振り返ったとき、「あれは必要な時間だった」と言える日が来ることがあります。

いまがその渦中だという方へ。無理に意味を探さなくて大丈夫です。身体を休め、味方でいてくれる人のそばにいて、嵐が過ぎるのを待ってください。

そこから先の道は、ひとつではありません。歩きながら、いくらでも生まれていきます。あなたのペースで、また一歩から。